浦◆PLUTO04
「ロボットが限りなく人間に近づくとどうなりますか?」
凄い命題だ。
ロボットの語源はチェコ語の労働からきているという。
人々の労働力の代わりに、正確で、文句を言わない労働力として開発されてきたロボット。求められていたのは、耐久性と正確性、疲れを知らない労働力としてだ。
そのロボットが、サボる事を覚え、間違いを犯す。
これは、何を意味しているのか。
人間に近づくという事。
それは、AI・・・人工知能が人間に近づくという事である。
本作、PLUTOで三者会談を行った3人の科学者が登場する
ホフマン博士:ゼロニウム合金を開発。
ハワード博士:光子エネルギーを発明。
テンマ博士:電子頭脳の権威。
ホフマン博士とハワード博士は、いわば、ロボットとしての耐久性と持続性を追求していったものと思われる。そして、テンマ博士が正確性という事になろう。
「完璧なロボットとはなんであるのか?」
不可逆的に死に向かう我々生命と人工的生命体のロボット
ロボットは、人工物である。
人工物であれ、形あるものはすべて壊れる。
これはひとつの真理として、説かれてきた事ではあるが、人工的に生命を与えられたものロボットの生命は不可逆的と言えるのだろうか?
人間が自然の中の一生命体である事はゆるぎない事実である。
果たして、ロボットは生命体か?
電子頭脳に魂は宿るのか?
自然と人工のせめぎあい。
PLUTOは、人間とロボットという自然と人工を対比させながら、人の心を描き出していく作品なのである。
と・・・また脳内暴走?w。
しかしな、ロボット本来の目的としての完璧性を求めたのではなく、人間に近づける事を完璧としたところに、アトム社会の過ちがあったと思うのは、私だけでしょうか?
ちなみに、
1、2巻の感想はこちら
3巻の感想はこちら
浦沢直樹さんはこちらw。
となっております^^;
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