どもGOKです。
FMotorsports F1:
「イスタンブールの犬」、大騒動に
なってますが、
この記事の本質は、
F1が行われるているサーキットそのものに、
犬が紛れ込んだという事、
それ事態に問題があると思うのだが、
それが、野犬なのかペットなのかによっても
責任所在は変わってくるし、論点も変わってくるので、
現時点では、なんとも言えない。
仮定の設定を持って対策は練られるが、
何はともあれ、死傷者がでなくてよかったと思う。
犬が紛れ込んだ対策については、まぁ、さておき、
漏れが、驚愕したのは、この件に関して、
「可愛い犬をはねる事故を、
ちゃんと避けられないドライバーなど引退すべきだ。」
というような内容の書き込みがあったことである。
しかもその意見に賛同する者が、200人以上もいるという事だ。
A・セナの甥、迷い犬はねてGP2のレースを棄権
:(ロイター) - Yahoo!ニュース
冷やかしや煽りもあるのだろうが、
事実誤認も甚だしいこんなコメントを書くという行為、
それに賛同する輩。
この傾向はなんだろうか?
動物愛護に異を唱えるつもりは毛頭ないが、
自分の認識だけが、唯一無二であり、
社会規範であると、勘違いしているのではなかろうか?
・・・ビバップの「スペース・ウォーリアーズ」でもあるまいし^^;
情報過多の時代において、
一個人が全ての情報を知り得るなんて事は、
もはや、今の時代無理である。
また個人の興味をそそるベクトルは、個人の中で違い、
また、個人個人の間でも違う。
件のコメント書いた人は、
「犬が好き。轢かれた犬が可哀そう。」
という、個人的興味をそそるファクターから、
書いているのだと思うが、
「自動車レース?興味なし。
車?移動手段の一つでしょ?特に興味なし。」
という、ファクターも持ちあわせているものと思われる。
そのドライバーが引退したら、問題解決すると本気で
思っているのでしょうか?
私が、モータースポーツ好きというファクターを持っているから、
言うわけではないのだが、
ちょっと考えれば、そんなの問題解決にも何にもなっていない
事に気づきそうなもんである。
思うに、レースカー・・・いや、車そのものを舐めているとしか
思えない発言であると、私は思う。
事はそんなに単純ではない。
であるにも関わらず、
200人以上もの人が、件のコメントに賛同しているのである。
無知さが、招く弊害であると思うのだが、
無知であることは、別に悪いことではない
それよりも問題なのは、
自分の興味対象以外はまったくどうでもいい。
と思っている節があることである。
ちょっと、熱く語ってしまっている感がありますが、
それは、
自分の興味対象の中でのみ知識吸収に貪欲であり、
自分が興味ない事にたいしては、
無知である事を誇りにさえ思う傾向が、
昨今の世の中にあるのではないか?
という最近思ってた事が脳裏をよぎってしまったからである。
というのも最近体験したことなのだが、
知人友人達との会話の中で
「あ~それ、オレ(ワタシ)興味無いから、知らない。
どーでもイイよそんなの」
という発言を、たて続けに聞いたからなのである。
一人や二人じゃない。と言っても5人ぐらいではあるが。
話の内容としては、
「環境問題」とか、「ガノタは、なぜ多いのか?」とか
「新海さんの凄さ」とか、「サンホラの凄いところ」とか、
「ルルティアの歌は、なぜ心に響くのか?」とか
「日本人とは何か?せつなさと日本人の関係」とか
「太宰治は何で最近の若者に指示されてるのか?」とか
まぁ、漏れの嗜好興味ベクトルの話を
単に拒絶されただけなんで(爆死)、
無理もないといえば無理もないんですが^^;
ちったぁ人の話、聞いてもいいんぢゃねぇの?ヾ(。`Д´。)ノ
と思うワケです。
なんで、興味ないことを誇らしく、自慢げに力説するのかが
漏れには理解できないところです。
なんだか、例の如く、話、もの凄く脱線してますが、
要するにだ、
尊い生命を本気で守りたいなら、
自分の興味持つファクター以外にも
目を向けるべきではなかろうか?
そう思うワケです。
あふれかえる情報の中、
嗜好 興味を持つことにだけ、神経を集中し、
他のことは意に介さず、むしろ意味の無いこと、
という風に自分の中で定義する事によって、
思考の外におく。
それにより、ニッチに特化した人間が増えていく。
それは、もはやニッチじゃないのかもしれないし、
そうなればなったで、その発言は、
無視できるものではなくなる。
そして、その元ニッチ集団が発言権を持ったとき、
思考の外においたファクターの影響が無視される場合、
結論はとんでも無い事態となる可能性が高いのである。
これは、一億総ヲタク化となった場合の最悪のケース、
悪い面を切り出すと、そういうことになります。
つまり簡単に言うとだ、特化した知識はあるが、
バランス感覚(それを俺は教養と思ってます)が無い
人間が増えてきてるんじゃねぇのか?
という事です。
情報化社会が進むに連れ、特化した知識を持つ人間が
増えるのは、火を見るより明らか であり、
それは、決して、悪い事ではないのである。
むしろ、一個人が処理できる情報だけでは、一つの製品も
作れないことからも、知識・情報の特化細分化は、必要と
言わざるを得ない。
つまりヲタク化は、世の必然の流れなのだ。
しかし、バランス感覚欠如なヲタクに決定権を持たせては、
ならないという事。そして、できれば、バランス感覚ない
ヲタクにならないように、聞く姿勢をなくしてはならないのだ。
と、思うのだ。
熱く語り杉ぢゃね?・・・とか言わないゞ(^^;マァマァ
ってなワケで、そんなこんなの発端映像↓
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