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2011/06/28

新◆『星を追う子ども』感想 #hoshioi

どもGOKです。

『星を追う子ども』
:公式サイト/新海 誠 最新作

星を追う子ども

2回見たんで、感想書きま~す。^^;

今回のキーワードは、「喪失」「祝福」だそうです。

その「喪失」と「祝福」が同じ事象で語られ、
それを全面に押し出しているところに、
他に類を見ない この作品の特異性を感じました。

そしてまた、新海節は、健在であると。

ジブリを真似て失敗したという意見も耳にしましたが、
そういう事じゃないんじゃないかな。

以下ネタバレあり。


「喪失」と「祝福」を同列で語るという事は、
ワタクシとして解釈すれば、それは「せつなさ」を、
またより一歩、掘り下げたものであると感じます。

「せつなさ」を因数分解したら、「喪失」と「祝福」になるって感じ。

で、本作において、重要なポイントだなと感じたのは、
「喪失」はあっても「憎しみ」は描かれていない。
という事。
戦闘シーンが何度かありますが、
憎しみから来るものは一つもない。

アルカンジェリが現代社会の象徴のように
自己利益誘導のための争いをしかけていますが、
それは憎しみではない。
また、アガルタ世界に舞台を移してからの戦闘は、
夷族がちょっかい出してくる戦いも、
カナンの村の長老がシンに命ずる争いも
アモロートの村の戦士が仕掛ける戦いも
それは、「憎しみ」ではなく、全てが「守り」から来る戦い
であると解釈できます。

なぜそうしてるのか、そうしなければならないのか
といえば、それは、
「喪失」から憎しみの要素を経て「祝福」へ至るのではなく
「喪失」から「祝福」へのダイレクト感。

「喪失」と「祝福」を同列で語るための
徹底した演出であると感じました。

つまりは、誰しも経験し得る「せつなさ」を
ダイレトに伝えるための構成。

これってとっても難しいことですよ。
大抵のエンターテイメントは、憎しみ要素を派生させて
作品を作ってるんですが、そこ省いてんですから。

でもって、より
「せつなさ」=「喪失」+「祝福」のシンプルな
構図をつむぎ出しているんですね。

えぇ、いつもの勝手な漏れの脳内現実です(笑)


でも、まぁ、
カナンの村の長老の台詞に見てとれるように、
憎しみの要素が無い事はないんですが、本作においては、
怒りや憎しみを斜陽を受け入れることで封印している節は
見て取れますね。

よって、あながち外れてないかと。。。^^;


今作品が、ジブリの真似事をしようとして失敗した
と言うような事が書かれているのをネットで見ましたが、
確かに、ジブリというワケではなく、
エンターテイメント性を強めるために、
判りやすくキャラ立てした感じはします。

主人公アスナと一緒に夷族に囚われてたマナちゃんと
そのおじいさんなんて、まんま名作劇場の
ハイジとオンジを思い出してしまいました(笑)。

冒険活劇ファンタジーの様相を呈し、
ジュブナイル系エンタメ作品としながら、
テーマとしては、新海さんらしい人と人の距離を描きつつ
人それぞれの「心からの気付き」というものを切り取った
良作であると思います。


では、これは大成功の大絶賛作品か?
というと、実は、そうでもない。(オイ)

テーマとして人の内面世界を描いているので、
そんなに簡単なテーマじゃない
誰しもが経験する感情ではあるけど、
ジュブナイルとしていかに感情移入できたかと言われれば、
ちとハードル高い気がします。

それと、なんですかね。
ちょ~~っと、展開早過ぎる感じがします。
緩急がもの凄く難しかったんじゃないでしょうか?

主人公クラス3人 アスナ、シン、森崎先生は、まぁいいとして、
マナちゃんとオンジ(笑)もまぁ、いい。
ちと問題は、アスナのお母さん、シンの幼馴染のセリちゃん、
アスナの友人のユウちゃん、この辺キャラ立ってるワリに
捨てキャラになってるのが、ほんとに惜しい。。。

今までの新海作品にはない、サブキャラの立ち方でしたね。
でも、なんでそうなっちゃてるのかといえば、
本作、ほぼ全ての登場人物に「喪失」感出させている事に
あるのでしょう。

繰り返し、見返せば見返すほど、
語られなかったキャラの「喪失」感が想像できるような作りには
なっているかと思います。

シュンはなぜ死を覚悟してまで、地上を目指したのか?
会いたかった人は、アスナなのか?
アスナだとして、なぜアスナなのか?
アスナの父はなぜクラヴィスを持っていたのか?
マナの父が地上人という事は、
アスナの父がアガルタ人であった可能性もあるという事か?
ということは、アスナの母はなんか隔してる?
家の前でタバコを吹かしていたシーンに
なんかその辺が集約されているような・・・

って感じで・・・

とまぁ、物語の構成要素一つとっても一筋縄ではいかない。
やっぱ、ジュブナイルとしては、ハードル高いよ。
想像力フル稼働~~
(ま、少年少女の方がそれは得意分野か^^;?)

その点が新海さんらしいところでもあるのですが、
エンタメによりそった割りには、難解さが否めないところは、
見た目の好き嫌いで判断する現代人にしてみたら、
失敗という事を言われてしまう要素になるんだろうな
と思います。

見た目の好き嫌いで判断する現代人に、
失敗というレッテルを貼られるという事は、
商業的に成功とは言えないと思うんですが、
作品としての価値が低いかといえば、
そうではなく、文化芸術作品としてみれば、
普遍的なテーマでありながら大変稀有なことにチャレンジしてる
作品として、高く評価できるでしょう。

漏れのように妄想考察好きにとっては、秀逸ですね。
なんてたって、新海作品は、
テーマが常に「せつなさ」に置き換えられるところが
漏れのツボです。coldsweats01


本作を理解するにあたり、

Kalafina の 『光の旋律』の歌詞

とか

柴田淳 の 『隣の部屋』のPV

をオススメしますです。


ただ、どうしても理解できない点がひとつ。。。

なんで、シュンを手当てしたスカーフが、
アスナのスカーフだって判ったんでしょうか?
わからん・・・スカーフに名前って書くもんなんすか^^;?【謎】


P.S.
序盤のアスナが住む町の描写は、ほんとに新海さんの作品らしくて、
たまらんかったすねぇ~。信濃毎日新聞のテレビCM思い出した。


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